プロコピウス『戦史』2巻 続ペルシア戦史



I
 これからほどなくしてホスローはベリサリウスがユスティニアヌス帝のためにイタリアをも手に入れる仕事に着手していたのを聞くと、自分の考えを抑えることが最早できなくなったが、協定を破棄するための尤もらしい口実が見つかるのを願った。彼はアラムンダラスとこの件について相談し、戦争の原因をこしらえるよう彼に指示した。かくしてアラムンダラスは、境界問題をめぐって自分への侵害好意を行ったとしてアレタスを非難し、平和な時に彼との争いに入り、この件を口実にしてローマ人の領地に侵入した。ペルシア人もローマ人も自分を協定に含めていない以上、自分は彼らの間の協定を破ろうとしているのではないと彼は言い放った。これは本当だった。というのもサラセン人のことは協定では言及すらされていなかったが、この理由というのは彼らは名目上ペルシア人とローマ人のうちに含まれていたからだった。さて、その当時にサラセン人の両部族〔「ローマに従属するサラセン人とペルシア人に従属するサラセン人のこと」(N)。〕によって〔領有権の〕主張がなされていたこの地方はストラタと呼ばれており、パルミュラ市の南に広がっていた。そこは太陽で焼かれて極度に干からびていたため、一本の木も、穀物の育つ土地にあるような役に立つ木も生えておらず、昔から僅かばかりの家畜の群れの牧草地に充てられていた。この時にアレタスは、全ての人によって長らくそこに適用された名前――ストラタは「舗装された道」を意味するラテン語だったからだ――を証拠として持ち出してその土地はローマ人に属すると主張し、さらに最古の時代の人々の証言を証拠として挙げた。しかしアラムンダラスは名前についての議論には決して立ち入ろうとせず、そこの放牧地では家畜の群れの所有者が昔から自分に年貢を納めていたと言い張った。したがってユスティニアヌス帝は争論の解決をストラテギウスに委ねた。彼はパトリキウス位で、帝室財産の管理人で、さらに血統の良い賢者だった。パラエスティナの軍を指揮していたスムスが彼に付けられた。スムスは、エティオピア人とホメリタエ族への使節として少し前に勤務したユリアヌスの兄弟だった。彼らのうちの一方のスムスは、ローマ人はその地方を差し出すべきではないと唱えたが、ストラテギウスは、全く重要でない不毛で穀物に適さない寸土のためにペルシア人がかねてから欲しがっていた戦争の口実をペルシア人にわざわざ寄越してやるべきではないと皇帝に訴えた。したがってユスティニアヌス帝はその案件を検討し、その問題の解決に多くの時間をかけた。
 しかしペルシア人の王ホスローは、最近彼の家系に大きな敵意を示していたユスティニアヌスによって協定が反故にされたと、そしてその中でユスティニアヌスは平和な時にアラムンダラスを自分に靡かせようとしていると言い立てた。というのも、彼が言うところでは、最近表向きは諸問題を取り決めるためにサラセン人のもとに送られていたスムスはローマ人の側につくという条件で多額の金を約束して彼を騙したとのことで、彼が述べ立てるところではユスティニアヌス帝がこういった事柄についてアラムンダラスに宛てて書いた手紙をスムスが出したとのことだった。また彼は、ユスティニアヌスが一部のフン族にペルシア人の領土に攻め込んで周辺地方に大規模な被害を与えるよう求める手紙を出したと言い張った。彼はこの手紙が以前彼のもとに来たフン族自身から自分の手に渡されたと主張した。こうしてホスローはローマ人に難癖をつけて協定を破棄しようとした。しかし彼がこれらの問題について本当のことを述べているのかどうか、私にははっきりとは言えない。

II
 この時、すでに戦争で追い詰められていたゴート人指導者ウィティギスはローマ人に対して進軍するよう説き伏せるために二人の使節をホスローのもとへと送った。しかし使節団の真の性格をすぐに露わにしないようにし、ひいては交渉が無益なものに終わらないようにするために彼はゴート人ではなく、金銭の授与によってこの計画に惹きつけられたリグリア人の司祭たちを送った。彼らのうちのは比較的尊敬に値すると見られていた方の人は全くの別人の司教の名を称して使節任務を引き受けた一方、他の者は彼の随行員として付き従った。旅の途上でトラキアの地へと来ると、彼らはそこからシリア語とギリシア語の通訳員を同行させ、ローマ人に気取られることなくペルシアの地へと到達した。彼ら〔ローマ人とペルシア人〕が平和だった限り彼らはその地方を厳重に見張っていなかった。そしてホスローの前に出ると彼らは以下のように話した。「おお陛下、他の全ての使節団は普通は自分たちの利益のために仕事に着手するものでありますが、私どもはゴート人とイタリア人の王ウィティギスによって陛下の王国のために一席ぶつために送られてきましたものですが、このことは真のことでございます。彼が陛下の前で以下のような話をしているものとお考えいただきたい。陛下、早い話陛下はご自身の王国とそこの全ての民をユスティニアヌスに差し出したのだと述べる者がいたとすれば、彼の言うことは正しいことになります。それといいますのも、彼は生来干渉好きで全く自分のものではないものを欲しがる人であり、物事が落ち着いて整っていることに我慢することができないものですから、全ての土地を我が物にせんという欲望を抱き、ありとあらゆる国を手に入れようと躍起になっているのです。したがって――彼は単独ではペルシア人を攻撃できないものだから、自分と対立するペルシア人を他の人のもとに攻め込むようけしかけることもできないものですから――彼は平和を口実にあなた様を欺き、あなた様の国と対抗する戦力を手に入れるために他の国を無理矢理従属させようと決め込んでいるのです。したがってゴート人が友好のために彼のことを傍観していた間にヴァンダル人の王国をすでに滅ぼしてマウロス人を服属させた後、彼は我らに対して多額の金と多くの兵を投入して襲来してきました。彼がゴート人をも完全に撃破すれば、友好の名目を一顧だにせず宣誓した約束も恥じることなく、我らと隷属させた人たちを連れてペルシア人の方に攻め込んでくることは今や明らかです。こういったわけですから、身の安全の希望があなた様のもとにまだ残っているうちに、我らをさらに悪い目に遭わせず、ご自身も被害を被らないようにせず、我らが拝んだ不運が少しすればペルシア人に降りかかることをご理解いただきたい。そしてローマ人はあなた様の王国をよしなに扱うことは決してないこと、そして彼らがより力をつければ何も躊躇わずにペルシア人に敵意をむき出しにすることを考慮していただきたい。したがって、この絶好の好機が終わった後になって好機を求めたくないのであれば、この絶好の好機をお活かしください。といいますのも一度過ぎ去った好機というものは再び巡ってくることはないものです。グズグズして好機を見逃して敵の手によってありうるこの上なく悲惨な運命をたどるよりは安全のために備える方がよろしゅうございましょう」
 ホスローはこれを聞くと、ウィティギスは良い忠告をしてくれたものだと思い、協定の破棄によりいっそう乗り気になった。というのも彼はユスティニアヌス帝を妬んでいたため、ユスティニアヌスの宿敵たちが彼に語る言葉の検討を全く怠っていたからだ。しかし彼はそのことを望んでいたために進んで説得に応じた。そして彼はアルメニア人とラジ人の提案に際しても少し後に全く同じことをしたが、これらについては間もなく述べるつもりである。なおも彼らはユスティニアヌスに対する非難として、元より立派な君主にとっては賛辞となるようなことを、つまり彼は自らの王国をより大きく、より申し分ないものにしようと尽力しているのだと言い立てた。そのような非難はペルシア人の王キュロス、マケドニア人アレクサンドロスに対してもできよう。しかし正義が嫉妬と共に安住した試しはない。こういった理由からこの時にホスローは協定の破棄を目指した。




戻る