Logical Positivism
A.J.Ayer(ed), Free Press, 1959

編者の導入
・ヒュームは論理実証主義の先駆者?
エアは「もし我々がそのリスト〔ウィーン学団が自分たちの先駆者として位置づけた人たちのリスト〕から同時代人を外すならば、全般的な見解においてウィーン学団と最も近しいのはヒュームとマッハである。現に今論理実証主義の特徴的な性格と考えられている学説がいかにすでにヒュームによって立てられていたか、あるいは少なくとも先取りされていたかは顕著なことである」(p. 4)とは言っているが、どうも得心できない。というのも、なるほどマニフェストではヒュームの名は上がっているが、少なくともカルナップに限って言えば、彼の著作を読んできた限りでは彼がヒュームの名を言及するのは極めてまれであり、言及するにしてもあまり重要な点でもないから。これはエア自身がヒュームの伝統の継承者だからなのか?

・ウィーン学団への敵対、いわゆるナチスの弾圧
「論理実証主義者はその弟子に殺されて当然だったということをほとんどほのめかしていた、政府公報でシュリックに寄せられた死亡記事の敵対的な調子は学団にすぐに降り懸かった苦難の前兆となった。第一次大戦の終わりに革命組織スパルタクス団のMunich政府に参加していたノイラートを除いてそのメンバーたちは政治活動を見せていなかったが、彼らの批判的で科学的な傾向はDolfussとSchuschniggの右派の聖職者政府、そしてなおさらナチスからの彼らへの疑いをもたらした。彼らの大部分は亡命を余儀なくされた」(p. 7)。

・カントの形而上学批判と論理実証主義のそれとの対比
「私はヒュームを引用したが、人間の悟性は可能な経験の一線を越えようとすれば矛盾に陥って途方に暮れてしまうと主張したカントも引用しただろう。論理実証主義者の独自性は形而上学の不可能性を知られうる事柄の本性に基づいてではなく述べうることの本性に基づいて論じたことに存している。形而上学者に対する彼らの非難は彼が文字通り意味を持つべきならば言明が満たすべき規則を破っていることである」(p. 11)。

・エアによる論理経験主義の史的発展の説明のまとめ
 ウィトゲンシュタインの論理原子論から検証原理が引き出され、有意味な命題は原子命題であるところの基礎言明(elementary statement)、つまり直接経験、観察の内容の記録、センス・データを表現したものであるとされた。しかし、その基礎命題は私秘的なものか公共的なものかで論議が生じ、後者に落ち着いた。
 その一例がカルナップの現象主義から物理主義へのシフトであった。だが、「しかし彼はこの試み〔アウフバウでの現象主義的還元の試み〕は成功してないと後に認めた。これを行う正しさには問題があり続けていたものの、その立場〔基礎言明を物理的なものとすること〕はより簡単に物理的出来事の記述としての基礎言明を扱えるそれらは物理的対象のセンス・データへの還元の困難によっては少なくとも煩わされなかった」(p. 13)と述べているようにおそらくエアはカルナップの基礎言明の選択は何を還元の基礎に置くかという話ではなく、言語選択の問題であったことを十全に織り込んでいないようである。
 基礎言明の私秘性については経験の内容とその構造を区別するという対処法もある(p. 18-19)。基礎言明が私のセンス・データに基づくものであれば、他者はそれを検証できず、他者への伝達もまたできなくなり、いわば「我々は全く別の世界に住んでいることになる」(p. 18)。だが、「しかし、検証されうるものは〔我々が用いる〕言葉が類似した構造を持つということである。……私は我々が同じ言葉を適用していること、色に応じた彼の対象へのクラス化は私のものと一致していることが観察できる。私が彼が痛いと言う時、彼は私が適当な記号として考えるものを提示していることを観察できる。そして伝達に必要なものはこれで全てである。問題は我々各々の世界の構造が彼が私に与える情報に頼ることができる程に私が十分に類似しているということである。この意味でのみ我々は共通の言語を持っていることになる。いわば、我々は我々の各々が自分の私秘的なやり方で描く同じカンバスを持っているのである」(p. 18-19)。とはいえ、この説には深刻な難点が存している。「構造のみを示す言明の例とはどのようなものか? そこにはロックの『一次性質』の響きがする。しかし対象の『幾何学的』性質、『形、延長、数と動き』を示す言明は、色と音を示すような内容についての語に翻訳されるべきである。もし私には私の隣人が私が色の語を使うことで用いるのと同じことを意味しているのかを知る術がないのであれば、彼が空間的関係や数量を示す言葉を使うことで同じことを意味していることを知る術も等しくないことになる。……振る舞いの上での見かけ上の調和が私に残された全てである。さらに、記述的言語の内部で伝達できるものとできないものとの間に線引きをしようつることは自壊的であるように見える」(p. 19)。
 エアによれば、この構造伝達説(俺による仮の名称)の欠点こそがノイラートやカルナップを物理主義へと向かわせた。「彼らは基礎言明が科学の間主観的言明の基礎となるなるのであれば、それら自身が間主観的でなければならないと論じた。それらは伝達できない私秘的経験ではなく、物理的な出来事を示すべきである。より一般的には、表向きは経験、何かしらの『心的』な状態や過程を、自身であろうと他の誰かのものであろうと示す言明は全部『物理的言明』と同義であるべきであり、それというのいもこのようにしてのみ公共的に可知性であることができるからだ」(p. 20)。
 ノイラートとカルナップの物理主義をシュリックは受け入れがたいものであると考えた。「彼は観察の報告をプロトコル言明がそうと考えられるように横柄な仕方で扱うことは、科学的仮説、実際に経験的言明なるものの全てを事実の統制の外に置くことになると論じた」(p. 20)。一方、彼らは言明は事実とは比較参照できず、言明が論理的関係を持つのは他の言明に対してだけであるとし、真理の整合説を採用した。しかし「カルナップ自身はタルスキにより意味論の重要性を納得させられた後、それを放棄した。というのも意味論は我々に文とそれらが指し示すのに用いられるものとの関係を指し示す方法を提供したからだ。タルスキの示すところでは、それは真理の対応説の十分な再定式化を提供する」(p, 20-21)。とはいえ、それでも物理主義を維持するカルナップに対し、エアは「他者の経験についての言明は彼らの露わな振る舞いについての言明とは論理的に同等ではなく、一方ある人自身の経験をなす言明はその人の身体の公共的に観察可能な条件についての言明と同等であることを維持することはラムゼイがするように、麻痺を装うことである。……しかし私はこの懸賞原理を『中立化する』試みはそれ自体相当な困難に出会うと認めてはいる」(p. 21)。要するに、基礎言明を物理的なものとすれば、他者と他者についての言明をうまく扱えなくなり、私秘的な経験とすれば、伝達ができなくなってしまうという問題が生じるというわけ。
 しかしさらに問題はあり、全称命題や法則は検証できないということがそれであった。ポパーの反証主義はこれへの彼の見解の表明であた。しかし、ポパーの見解もまた難点を持ち、indefiniteな存在言明は反証できないというのがそれ。つまり、「雪男はいない」は雪男を見つけるだけでいいので原理的に反証できるが、「雪男はいる」は特定の時空間の範囲内ならいざしらずindefiniteならば原理的に反証できない。
 それ故、決定的な検証も決定的な反証も意味の基準としては厳しすぎることが分かった。そこで彼らは確証の程度に代えたり、ある言明が「基礎言明でなければ、基礎言明がそれを支持〔support〕できるようなものであるべきである」(p. 14)といったより弱い基準に甘んじようとしたが、「支持する」や「確証」の概念は十全に定式化できなかった。
 検証原理の身分についての反論、それこそ無意味であり、形而上学ではないのか、に対する答えは規約であるというものであった。エア自身は「私はそれは『意味』という語を実際に人々が用いるやり方についての経験的な仮説であろうが、しかしこの場合のそれは間違いであると考えており、それというのも形而上学的言明が有意味であると言うことは通常の用法に反していないからだ」(p. 15)という意見だった。他方で「ウィーン学団はこの難点に気付いていないようだった。しかし実際に彼らがやっていたことは検証原理を規約として採用することであったということは私には正当に明らかであった。彼らは、経験的に情報を持っていると考えられる言明によって実際に満たされる条件を述べる意味での通常の用法に合致する意味の定義を提出していた。ア・プリオリな言明への彼らの扱いはそのような言明が実際に作動する方法の説明を与えるべく意図されたものであった」。この際において彼らの仕事は記述的であり、それはそれら二種類の言明だけが真ないし偽として考えられ、真か偽をとりうる言明だけが文字通り有意味なものとして考えられるところの条件で規定することになった(p. 15)。エアは検証原理は記述としているが、これは、少なくともある時期以降のカルナップの工学的哲学観とは違うのではあるまいか。

・構文論に入り込んだ意味論
エアはカルナップは『言語の論理的構文論』において意味論を紛れ込ませているとする。「経験表現〔experience-expression〕は構文論的用語ではない。ある表現を『経験表現』にするのは特定の形式を持つことではなく、それが経験を指し示すように使われるということである。しかしそこで何を経験として勘定するのかという問題は重要になってくる。それは恣意的決定によって解決されるものではない」(p. 26)。

・クワインとグッドマンの存在論についての説明
「それらの哲学者たちは彼らが存在論と呼ぶものに関心を抱いており、その問題においてはある人の言語選択はどのようなものが存在するのかを言うのにどこまで彼を関わらせるのかというものであった。『存在すること』とは、クワイン曰く『変項の値となることである』。これはラッセルが世界の『家具』と呼ぶものの範囲は、それ〔家具〕を述語づけることを要求される述語の射程に依存するということを意味している。クワインとグッドマンは両者ともにこの家具を可能な限り厳しくして切り詰めようと望んだ。彼らが『抽象的存在者を避難した』のはただ単に自分たちがそれらなしでもどれほどうまくやっていけるかという論理的な才覚を行使しようとしたからではなく、彼らはそれらが存在すると自らを信じさせることができなかったからであった。同じ精神にあってグッドマンは現実的〔actual〕の逆のものとしての可能なもの、因果的と偶有的の区別、分析的言明と総合的言明の区別といった思念を使うことなくやっていった。『あなたはおそらく』彼曰く『そういった遠慮を非難し、私の哲学の中に天地に存在するもの以外の夢想的なものがあれば反発するだろう。むしろ私は私の哲学の中に天地に存在するもの意外に夢想的なものはあるべきではないと思っている』。しかし、彼の場合にせよクワインの場合にせよ、この厳しい節約の要求が何に基づいているのかは明らかではない。現にクワインは結局のところ何が存在するのかという問題はプラグマティックな理由によって解決させるべきであると認めた。かくして彼はカルナップに再合流したが、彼のプラグマティズムはあまり穏やかではない」(p. 26-27)。



シュリック「哲学の転換点」
・過去との断絶を強調
哲学はこれまでにどれだけ進歩し、現今の哲学はどれだけの貢献をなしうるのかという問いを受け、以下のように述べられる。「しかし最も優れた思想家たちは先行する哲学の結果は古典的なモデルの結果を含め、揺るぐことはないとほとんど信じなかったということは正しい。これは基本的にあらゆる新しい体系は再び一から始まり、あらゆる思想家たちは彼自身の基礎を探して先行者の肩に乗ることを望まなかったという事実によって示される。デカルトは(故なきことではないが)全く新しい始点を作った」(p. 53-54)。だが、これは「哲学的見解の無政府状態」(p. 54)である。しかし、「我々は今や哲学の全く決定的な転換点におり、我々は諸体系の不毛な争いを集結させたと考えることにおいて客観的に正当化されている私は確信している。我々はすでに目下、私見では、原則におけるあらゆる争いを不要にする方法を有している。今必要なことはそれらの徹底的な適用である」(p. 54)。ご多分に漏れず、それはラッセルとフレーゲに始まる新しい論理学の応用である。

論理的形式
論考の香りが強い論理形式についての立論。「論理的なものはいくつかの意味においては純粋に形式的なものであるということは早くもそしてしばしば表現されてきた。しかしながら、純粋な形式の本性については実のところ明らかではない。それらの本性への鍵はあらゆる認知は表現ないし表象であるという事実に見て取れる。それ〔表現や表象〕において認識されるものは事実を表現している。これはなに頭の数のやり方、言語において、記号の恣意的な体系により起こる〔表現される〕ことが可能である。表象の可能な全ての様式−−それらが別の仕方で実際に同じ知識を表現しているとすれば−−共通な何かを持つ。そしてそれらに共通なるものとは論理的形式である。
 かくして全ての知識はその形式のたまものである。その形式を通して既知の事実は表現される。しかし代わりにこの形式はそれ自身を表現しえない」(p.55)。

・言語分析が知識論に取って代わる
知識論(the theory of knowledge)という伝統的な問題、人間の「知識の可能性」(capacity of knowledge)は「表現、表象の本性、つまり語の最も一般的な意味におけるあらゆる可能な『言語』についての考究」(p. 55)に取って代わられ、「『知識の妥当性と限界』についての問題は消失する」(p. 56)。「今まで考えられていたものは真正の問題ではなく、語の無意味な文である」(p. 56)。

・検証
「そこにおいて解決への道が最終的に終わるところの検証の活動はつねに同じ種類であり、観察、直接的経験によって確証されるという事実の生成である。この仕方で、日々の生活や科学におけるあらゆる文の真理(あるいは誤謬)は決定される。観察と経験科学以外によって真理のテストと実証はできない。あらゆる科学(我々はこの語で指示するのは内容であり、それに至るにあたっての人間の取り決めではない)は認知の体系、ひいては真なる経験的な文の体系である。科学の全体は、日々の生活の言明を含めて、認知の体系である。そこに『哲学的』真理の領域はない。哲学は言明の体系ではなく、科学ではない」(p. 56)。

・哲学とは活動である
「我々は哲学において認知の体系ではなく、活動の体系を見て取る」(p. 56)。哲学は活動であり、「哲学によって言明は解明され、科学によって検証される」(p. 56)。そして哲学観においてシュリックはウィトゲンシュタインの引き写しのように見える。
 言明への意味の付与は言明によってはなされず、そのプロセスは終わりがない。「したがって意味の最終的付与は常に行動〔deed〕を通してなされる」(p. 57)。この段落においてシュリックの対応説の兆しが見える。
 哲学の活動の成果は哲学という共通の母からの個別科学の解放であり、これによって根本的概念は明晰になり、諸科学は成功を収めた。「最終的に、よくできた科学のうちで根本的概念の真の意味を改めて反省することが突如必要になると、それによってそれらの意味のより深遠な明晰化が達成されており、これはひいては顕著な哲学的な事績である。全ての人は、例えば、時間と空間についての言明の意味の分析から始まったアインシュタインの仕事は実際のところは哲学的な業績である」(p. 58)。これこそが哲学の活動である。
 シュリックは人生についても役に立つという。「それというのも、賢者は彼が蒙昧な大衆よりも言明の意味と人生の関係性、事実、欲望についての問いにより明確に指摘できるという事実のおかげで彼らよりも上手であるからである」(p. 58)。
 そしてまた、シュリックは「哲学の尊厳」(p. 58)、「哲学は知識の究極的な支持を提供しなければならない」(p. 58)という本能、即ち哲学によって科学に確実な基礎を与えるという考えにも反対する。「そのメダルの裏面は哲学はア・プリオリで真なる公理を提供するというドグマ」(p. 58)である。「可能性や確実性の概念は哲学がそれから成り立つところの意味を付与する活動に単純に適用されない」(p. 58)。

・形而上学者の過誤
 形而上学者の誤りは「実際の意味と究極的な内容が言明において順に与えられ、ひいては認知において表現できる」(p. 57)と考えたことであり、それは語り得ぬことを語ることである。「形而上学者の試みは常に純粋な質(ものの『本質』)、ひいては語り得ぬ話を表現しようという馬鹿げた目的を目指していた。質は『語る』ことができない」(p. 57)。

感想
「erkenntnis」誌一号の巻頭論文ということで、全体的に細かい内容はなく、主要なトピックの大綱といった趣がする。







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