プセロス『年代記』4巻

1 ロマノスは以上のよう死に方をしたわけであるが、これは五年と半年の治世の後のことであった。皇后ゾエは彼の死を知ると――彼女は彼が死んだ現場に居合わせなかったのだ――明らかに自分が神の許可によって帝位の相続権を持っているとの印象を受けた彼女は万事を掌握した。実際のところ彼女は自分のために権力を握ろうと思っていたわけではなく、彼女の試みの全ては私がすでに述べた人物であるミカエルに冠を確保することを意図したものだった。権威ある地位を割り当てられていていた廷臣――彼らの大部分は家庭内の年取った家来だった――が夫の友人たちと、父の時代以来その家系に奉仕してきた家来たちと結託し、人たちが何らかの根本的で劇的な行動をするのを邪魔しようとし、反対が起こった〔「少なくともケドレノスによれば(p. 506)ミカエルの即位に反対したのはパトリキオスのコンスタンティノス・ダラッセノスだけである。総主教アレクシオスはたっぷりと賄賂を貰ってゾエの結婚に賛成するようそそのかされた」(N)〕。彼らは彼女に何らかの決定をする前に彼女自身にとって最も高貴な方途の何たるかを考えるよう忠告した。彼らが言うには、彼女を配偶者としてではなく正当な権利を持つ皇后として扱う気がある男の中で秀でた誰か一人が帝冠に上るべきである。
2 ありとあらゆる論議が彼女を説得するために動員された。彼らは自分たちの影響力が速やかに勝利して彼女が自分たちの味方になるだろうと信じていた。彼らには信じられないことに彼女は不動の忠実さでもってミカエルの支持に固執した。彼女のその男についての判断は感傷によって起こっていたものだったために理由は問題にならなかった。即位の儀式と権力のその他の記章の引き継ぎのための時間が取っておかれた。ミカエルの兄がある用向きで彼女に私的に近づいたが、それは並外れた知性を持つと同時に行動力も備えた宦官ヨハネスだった。彼は論じた。「もしミカエルの即位がこれ以上遅れれば、私たちは死ぬことになりましょう」今や完全に味方になっていたゾエはすぐさまその若者に手紙を送り、金を織り込んだ上着を着せて帝冠を頭にかぶせ、見事な玉座に座らせ、自らも似たような衣装をして寄り添った。それから彼女は、宮殿で暮らす全ての者は彼ら二人の前にひれ伏して彼らを共同統治者と呼ぶようにとの命令を発した。もちろん命令は遵守されたが、その知らせが宮殿の外にまで届くと、帝都の全体が彼女の命令への祝賀による分け前に与りたがった。大部分の人たちは新たな主君におべっかを使い、その継承への賛同を装った。古い方の皇帝はといえば彼らはこれをあたかも重荷か何かのように見捨てた。かくして快活で朗らかに、快適に満足しながら彼らはミカエルを歓呼の声で皇帝と呼んだ。
3 以下の布告は新帝の私的な友人によって夜に用意されたものだった。間もなく二重の命令が首都長官に送られた。彼は元老院の全員を連れて夜明けに宮殿へと赴いて彼らと共にミカエルの前でひれ伏し、次いで彼は仲間たちと一緒に故ロマノスの慣例に則った葬儀を行う〔というのが新帝の命令だった〕。かくして彼らは自分たちの義務のために参上した。一人一人入ってきた彼らは、玉座に座った主君夫妻を前に地面まで深々と頭を下げた。この忠誠の儀礼は皇后に対してのみ行われたもので、皇帝はというと、その上で右手への口づけの儀式が行われた。こうしてミカエルは皇帝にして支配者と宣言され、彼の帝国の最善の利益についての考慮へとつつがなく取りかかった。立派な棺台に乗せられた故ロマノスの葬儀は準備がすでに済んでおり、一同は通常の流儀で亡き皇帝へと敬意を払った。この棺台を先導したのは宦官ヨハネスで、彼について私はこの歴史書の中の適当な頃合いに論じるつもりである。
4 私はこの葬儀の行列をこの目で見た。この頃の私はまだ髭も生え揃わず、つい最近に詩の勉強に勤しむようになったところだった。実を言うと、死人を検分しても私は顔色からも外見からも彼を皇帝だと認知することができなかった。この度死んだのが皇帝だったと辛うじて分かったのは記章のおかげだった。彼の顔は完全に変わり果てていて人相は完全に変わっていたが、それは衰弱のせいではなくむくみのせいだった。それは遺体というよりはむしろ毒を飲んだことでむくんで顔白くなった人を思わせるもので、そういうわけで頬の下には全く血の気がなかった。彼の頭髪と頬髭があまりにも薄かったために彼の崩れた骨格はまるで火で荒らし尽くされた小麦畑のようだった――あなたは遠くからもその生気のなさが分かるはずだ。もし誰かが彼のために涙を流したとしても、全人民のある者は彼の手で受けた多くの悪事の、他の者は好意を享受できなかったために彼を眺めたにすぎず、一言の尊敬の言葉もなく彼にまなざしを向けながら行列の近くを進んだり護送していたせいで落涙したに過ぎなかった。
5 存命中のロマノスの有様と、彼が讃えられた葬儀は以上のようなものであった。修道院建設にかかった仕事と出費にもかかわらず、彼自身はその教会のごく一部、すなわちその遺体が安置された一角しか享受できなかった。
6 皇后への愛を示していたミカエルの態度と彼女へのまなざしは今の今まで芝居だった。もっとも何よりも変わってしまったのはこの芝居であり、彼女の愛と好意は根本的な忘恩で報いられるのにさして時間はかからなかった。恩人へのこの嫌悪も彼女のへの振る舞いも私は褒めはしないが、さりとてそうしなければ彼もロマノスのような破滅に陥ってしまうはずだというその婦人に対する彼の恐怖を支持しないというのもできないので、私はそのことで彼を賞賛することも難じることもできない。
7 この男への率直な非難に対する主たる反論は彼自身の性格に存しており、もしあなたがロマノスになされたこの犯罪行為から彼を放免し、姦通の罪状と彼が単なる疑惑によって人々を追放したという告発からも彼を放免するのなら、この男はローマの諸皇帝のうち第一級の座を占めることになるはずだ。まこと彼にはギリシア的な教養が全く欠けていた一方で、そのような教養を持つと公言していた哲学者たちよりもその生来の性格においていっそう調和していた。壮年期と若い花盛りの時期を通して彼は自らの身体を支配した。身体的な情念は到底彼の理性を打ちひしぐには至らなかったので欲望の厳格な統御が発揮され得た。厳めしいかったのは彼の目つきだけではなく、その魂もそうであった。さらに彼は当意即妙の返答が上手く彼の舌はこの目的に長けており、朗々とした美声での彼の話しぶりは流暢で退屈とはほど遠かった。
8 彼は法や規律に関することに判断を下したりそういう事柄を証明することで苦労することはあっても、口達者な連中はほとんど彼をやり込めることができなかった。しかし問題の要点が思索によって解決するようなものであれば、彼はすぐに多くの提案を出し、込み入った議論をした。そういったことの熟練者のうちこの男の群を抜いた生来の能力に太刀打ちできる者はいなかった。
 もちろん彼にはそんな時間はなく、私は彼の治世の開始点へと戻るべきである。私の主題は即位の当日からいかに彼が用心深く公の問題の管理を担ったことを示すことである。
9 私が示してきたように、この男の最高権力への出世の始まり方は明らかに立派なものではなかった。にもかかわらず、帝国の主人になって間もない頃の彼はまるで冗談事のように帝国の支配を扱っていた。彼はいくつかの危機や出来事の予期せぬ変転が起こるまで決定を下さず、その間には妻を楽しませて彼女のための娯楽と気晴らしの計画をするのに時間を費やした。しかしひとたび帝国の見事さを見て取ってその管理のために必要な用心の多様な性質と国家の世話に関わる非常に多くのを困難――真の皇帝なら直面するに違いない困難である――を認識すると、彼の性格は突然にして徹底的に変わった。それはあたかもあたかも成人に育ってもはや少年ではなくなったかのようで、その瞬間から彼はより男らしくより立派に帝国を支配した。
10 この皇帝には私が賞賛せずにはいられない特質がもっとあった。彼の生まれは卑しく、大なる幸運の時期にあっても平衡感覚を失わず、権力に困惑することもなかった。彼のいつもの習慣は何一つ変えられなかった。彼は用心深くずっと前からその仕事のための訓練をしてきたと考えたくもなろうが、彼は自然的にその域に達したようである。即位の日の彼は何年も前から皇帝になるよう宣されていた人のように振る舞い、人々も彼のことをそんな風に思った。彼は出来合いの習慣に何ら革新をもたらさず法を無効にすることもなく、前任者の精神にもとるようなことは何一つ導入せず元老院議員を一人も排斥しなかった――これらは新たしい支配が始まった時に付き物の変化なのだが。出世の前から彼の味方になって力を貸していた人たち、あるいは彼が義務を負っていた人たちはというと、皇帝になった彼は彼らの期待を裏切らなかった。ただし高位への出世が即座ではなかったことを除けばだが。つまり、彼はまず試しに彼らを卑しく取るに足らない職務で雇い、より重要な地位へと徐々に登らせた。もし彼の兄弟たちが何か邪悪な星の下に生まれていなければ――このために彼は家族の幹と枝〔本家の家族と分家や親戚のことであろうか〕を一掃することができず、彼らの邪悪な資質のせいで彼らを正直者にすることができなかったわけだが――彼らはこんな風にはならず、名高い諸君主のうち彼に並び立てる者はいなかっただろうと私は認めざるを得ない。
11 私の時代――私は自分の人生の多くの経験を伴い、最後の一年まで続いた期間のことを言っている――の皇帝のうちで私の知る限りでは誰一人として最期の時まで全く非難を受けないまま帝国の重荷に耐え抜いた者はいなかった。ある者は生来邪悪で、他の者は或る人々との友情によって邪悪になり、さらに他の者は他の人たちと共通の諸理由によって再び邪悪になった。そういうわけでこの男の場合も例に漏れず、彼自身は善良だったが、兄弟への扱いにおいて彼はあまり思い切りやるができなかった。一見して自然が彼らを生んだ時、ミカエルにはより貴い資質が与えられていたが、他の兄弟には正反対の資質が与えられた。彼らの各々は兄弟たち〔ミカエルとヨハネス〕の地位を強奪しようと望み、海でも陸でも彼らのうち誰にもが生きて広い世界で孤独に暮らすことを許さなかったため、あたかも神の何らかの思し召しによって海と陸は彼自身の相続物になった。しばしばミカエルは戒めによってではなく激しい悪口雑言、怒りを込めた叱責、そして乱暴でぞっとするような脅しによって彼らを押さえ込もうと試みた。長兄ヨハネスがこの上なく抜け目なく彼らの事柄を統括していたためにそれも無駄骨に終わった。皇帝の怒りを和らげて兄弟たちに好きなことをさせる許可を獲得したのは彼だった。そして彼がこれを行ったのは彼らの振る舞いに賛同していたからではなく、そんな状況にもかかわらず彼が家族の面倒を見ていたからだった。
12 この歴史書の中での私の望みは出来合いの文言の引用に頼ることなくヨハネスについての多少はより十分といえる記述をすることである。あなたは分かってくれるだろうが、自分の髭が生え始めた時に私は彼その人を見たものだし、彼が話すことを聞いて彼の行動を目撃したものである。私は彼の特質にしっかりと注目し、彼の行動のあるものは賞賛に値するものであるにもかかわらず、彼の人生での他のことは一般的な賛同を得ることはできないようなものであることに気付いた。あの時の彼の性格には多くの面があった。彼には鋭い機知があり、もし抜け目のない人がいるとすれば、彼こそがそのような人物だった。彼の鋭い眼差しはそれらの資質を如実に示していた。彼は自分の責務に細心の注意を払っており、事実彼はきわめて勤勉に責務の実行にあたった。政府の全ての部署での彼の経験は凄まじいものだったが、とりわけ彼の知恵と抜け目なさは公費の管理で目覚ましかった。彼は誰にも悪意を見せなかった。けれども同時に、誰かが彼の重要性を過小評価しでもすれば、彼は苛立ちもした。彼が〔他の人の〕魂に何の害も及ぼさないとしても、彼はどぎつい表現を人々との関係の中で使って人々を皆を恐れさせていたことであろう。容貌が関係する限りのことでは彼は彼らを実際に傷つけていた。彼らの大部分は彼を見かけると身震いし、邪悪な行動を差し控えた。したがってヨハネスは実の兄弟たる皇帝にとってはまぎれもない防波堤だったわけであり、それというのも彼は寝ずの番では決して気を緩めず、昼も夜も、否、悦楽に身を委ねていたり宴会と公的な儀式と祝祭に参加している時でさえ責務への熱意を全く忘れなかった。彼に気付かれずにいられることは何一つとしてなく、誰も彼から逃れることはできなかったが、それというのも夜の時ならぬ時間に彼は突然馬に乗ってはありとあらゆるへんぴな場所と大都会の隙間を駆け巡ってはまるで光のきらめきのように人の住まない地区の全てをたちまち横断していたため、誰もが彼を恐れて彼の監督に震え上がっていたからだ。彼がこの視察に出かけたことを知る者がいなかったとしても、誰もがピリピリし、大人しくなって縮こまった。公の場では家の中で自分の人生を私人らしく生きる人に会うことができなかった〔つまり、家の中でも羽を伸ばせないほどヨハネスの監視を恐れたということ〕。
13 人々が賞賛するこの男の資質は以上のようなものであるが、反対の種類の資質も他にあった。彼は気まぐれだった。彼は自分と話す人の意見に完全に自らを適合させ、それぞれの会話に際して多くの顔を見せた。人々が話を持ちかけてくると彼はそのあら探しをした一方で、彼らがあまりにも遠ざかると、彼らを引きつけようとしてあたかも初めて会った時のように愛想良く語りかけた。その上、もし誰かが国家にとって大いに役に立つことが分かりそうな知らせを届けてくると、その知らせに対する恩義を避けるために彼はずっと前にそれを知っていたふりをするのが常で、それから遅れたといってその人を叱った。後者の人が当惑しながら立ち去る一方でヨハネスは必要な手を講じ、隠蔽のためならば面倒事はおそらく最初の段階で一掃することもできた。より偉大な壮挙を成し遂げて国家の事柄をより皇帝らしく運営するという彼の大望は彼自らの生来の習性によって挫かれたのであるが、本当のところを言えば、それは彼が自らの根深い貪欲さを御するのについぞ成功しなかったということである。したがってひとたび酒を飲み出すと――これは彼につきまとう罪だったのだが――彼はありとあらゆる下品な行為に頭からのめり込んだ。そんな時でもなお彼は帝国の世話について忘れたことはなく、猛獣が眼前にいるかのようにくつろぐことがなく、彼の言い回しは厳めしかった。
14 宴会で私が彼と同席してこの男の様子を観察した時のことだが、まるで奴隷のように酒を飲んでは下品なことをするこの男が帝国の重荷に耐えることができたことはしばしば私の驚愕の原因になった。彼は杯を持ちつつ仲間たちがどう振る舞っているのかを用心深く見ていたのであろう。後にあたかも現行犯で捕まえたかのように彼は彼らに酒を飲んだ時の言動を問い質し尋問した。このため、素面の彼より酔っ払った彼を彼らは一層恐れるようになった。現にこの仲間〔ヨハネス〕は際立った混合物だった。長らく彼は修道士のような暮らしぶりをしていたが、夢の中ではその衣服に相応しい上等な振る舞いにあまり気をとめていなかった。長らく定着していた習慣が何らかの儀式を要求したとしても、なお彼はその役を演じただろう。感覚的快楽に止めどなく浸っていた放蕩者たちに関してヨハネスは彼らをただ軽蔑するだけあった。他方で誰かが品位のある生き方を選んでいるか美徳の自由な行使に時間を使っているか、あるいは学問の勉強にその精神を役立たせていれば、その者はヨハネスの中に執念深い敵を見出したことだろう。この宦官は何らかの道における他者の値打ちのある野心を意図的に誤って伝えることだろう。彼の他者に対する扱いのこの逆説的な振る舞いは兄弟である皇帝と一緒に行動している時に繰り返されることはなく、ミカエルと一緒なら彼の態度はミカエルと一心同体でたがうことなく、変わることもなかったからだ。ヨハネスはどんな時でも彼の前では何の隠し事もしなかった。
15 〔ミカエルは〕全部で五人兄弟だった。その性格に関してミカエル帝は他の兄弟とは正反対だったが、私が今し方述べたところの宦官ヨハネスは美徳に関してのみ彼に劣っていた。ある種独特だった彼は他の兄弟とは比較にならなかった。そのことをよりはっきりさせるために私は、三人の他の兄弟に対する彼の態度は皇帝の態度とは正反対だったと言っておきたい。彼と比べればヨハネスは甚だ劣っていたが、一定の類似点もあった。彼も兄弟たちの手に負えない振る舞いを嫌がっていた。他方で彼は彼らに深い愛情を感じており、これほどの兄弟愛を示した者はいないほどだった。そういうわけで彼はその悪事のために〔譴責などのために〕彼らを呼び出すのには乗り気ではなかった。ミカエルは何が起こったのかに決して気付くまいと信じていた彼はむしろ彼らの不行状を隠し、彼らのために一層の自由を要求する傾向にあった。
16 兄弟たちについてはこのくらいにしておく。皇帝に話題を転じてみよう。しばしの間彼はゾエのことを大変気に留めながら扱っていたが、すぐにその段階は終わった。彼は彼女の動きを疑い――家中には疑うだけの理由があった――彼女の自由はどんなものであれ取り上げた〔現にゾエはヨハネスの毒殺を企んでいた(Cedrenus, 741C,p. 519)(N)。〕。彼女がいつもしていた宮殿からの外出への許可は拒否され、彼女は婦人たちの区画に閉じ込められた。訪問者の本人確認、出自、そして目的についての用心深い調査をした後、まず親衛隊長が権限を与えない限りは誰も彼女に近づくのを許されず、彼女はこのような監視下に置かれていた。まったく当然のことながら彼女はこの扱いで辛い思いをした。皇帝に恩を施していた時の彼女にはこのような憎悪で報いられようとはよもや夢にも思われなかったことだろう。にもかかわらず彼女はミカエルの決定に背くのは適当ではないと顧慮して自制し、彼女は親衛隊からの全ての保護を剥奪されて全ての権威を失っていたために、彼女が何らかの行動を起こしたり彼の意志に刃向かうことを望んだところで彼女には何の機会もなかった。ともかく彼女はおしゃべりという卑劣で女々しい特質を免れており、情動のほとばしりもなかった。彼女は皇帝に愛も、彼が過去に見せてくれた信頼も思い出させたりはせず、彼の兄弟が脅しと悪口雑言で彼女を打ちのめした時に彼らへの怒りを表に出したりもしなかった。一度たりとも彼女は親衛隊長を恨みがましく見たりはせず、彼女の前から彼がいなくなるのを寂しがりもしなかった。逆に彼女は全ての人に親切で、まるでこの上なく利口な弁論家のように別々の人々に別々の状況で順応した。
17 しかし他の人たちはゾエを喜ばせるために自分の態度を変えようとは決してしなかった。事実、彼らはまるで彼女を当面の間は獰猛さを脇に置いているライオンのように極度に恐れていた。したがって彼らが自らの身の安全を求めるであろうことは自然のことだった。ありとあらゆる障壁と壁が彼女の攻撃から彼らを守るために建てられた。彼らが絶えず寝ずの番をしていた一方、皇帝はといえば徐々に彼女と会うのを控えるようになった。これには多くの理由があったことを私は知っている。彼女との夫婦関係は不可能になり、今になって彼を脅かす病弊がいつも現れるようになっていたのだ。彼の健康は蝕まれて体調は悪化した。そうかと思えば彼はゾエを見れば恥ずかしさでいっぱいになり、どうやって自分が愛を裏切って約束を破ったのかを知っていたので彼女の視線に耐えることができず、言葉を失った。第三に、彼が権力を得るためにしでかしたことについてある聖なる人たちと対話をしてこれらの紳士たちから健全な忠告を受けると、彼はありとあらゆる行き過ぎを控えて妥当な交わりすら控えた。彼には他にも恐れていたことがあり、これのために彼はこれ以上皇后のもとを訪れようとはしなかった。もはや今までのような長い間隔を置いた精神錯乱が彼を苛むことはなくなり、何らかの外的影響で病状が変わったのか、はたまた内的な作用が合致したかしたために発作はより頻繁に起こるようになった。他の人の面前では、誰かが来た時にはあまり困っていた様子は見せなかったが、皇后の前ではひどく赤面し、予期できなかった状況で病弊が彼に影響を及ぼしたため、彼は彼女を見ていられなくなった。もし彼女がそんな風に彼を見ていれば、彼は恥じ入ったことだろう。
18 これらを理由として彼は滅多に人前に姿を現さなくなり、他人との社交での自信を失った。彼が謁見や他の通常の儀礼を行おうと望む時には特定の人たちが彼を観察して見守る責務を任された。これらの役人は彼の両側に赤い幕を垂らし、彼が僅かでも頭を回したり居眠りしたり、病気の発作を知らせる他の印を使うのを見るやすぐに謁見した人に去るようにと頼み、幕を下げてその後ろで自ら彼の世話をした。〔病気の〕攻撃が素早ければ彼は一層素早く回復し、その後の彼の振る舞いには病気の何の痕跡もなかった。彼は速やか且つ明らかに自らとその理性の支配者となったことだろう。徒歩や馬で出かけていようとも親衛隊の円陣が彼を護送することになっており、彼が病を感じると、彼の難儀を知らない人から見られるのを恐れることなく四方八方から彼の周りに集まって世話をした。とはいえしょっちゅう彼は落馬した。ある時など、馬に乗って川を渡っていた最中に病魔が彼を襲った。事件を予期していなかった親衛隊はその時は多少離れたところにいて、突如彼が鞍から転げ落ちて地面の上で痙攣するのが群衆の目にとまった。誰も彼を起き上がらせようとはしなかったが、彼らは彼の悲運への憐れみで満たされた。
19 これらの出来事の結果はこの歴史書の適当な場所で述べられるはずである。我々は病身の皇帝を見てきた。ここで彼が健康だった時にはどんな人物だったのかを見ていきたい。発作と発作の間の期間、彼の理性が正常だった時、彼は帝国のことを考えることに全身全霊を捧げていた。彼は領内の諸都市に善政を保証しただけではなく、国境外の諸民族がローマ領へ攻め込むのを防ぎもした。彼は一面では使節の派遣によって、もう一面では賄賂により、他面では軍事力を毎年見せつけることでそれを行った。これらの用心のおかげでエジプトの支配者もペルシアの支配者も、バビュロニアの支配者も我々と結んだ協定の条項を破ることがなかった。より遠隔の人々のうち誰も敵を大っぴらに示すことはなかった。実際にある者たちは現状に完全に甘んじた一方で、皇帝の目が届くことを了解していた他の者たちは彼の報復に怯え、絶対的な中立政策を採った。公的財源の整理と統御は彼の兄弟のヨハネスに委任されていた。内政の大部分もヨハネスに任されていたが、残りの事柄はミカエル自身が経営していた。今や民政の主題のいつかに彼の対応が要求されていた。他の機会に彼はローマ帝国の「筋力」、即ち軍隊を組織して強化するつもりでいた。しかし彼に作用し始めていた病が進展して頂点に達した時にもなお、あたかも病など屁でもないかのように彼は帝国の全てのことを差配していた。
20 彼が徐々に衰えているのを見ると、彼の兄弟ヨハネスは自分自身と家族全員のことで恐怖に駆られた。支配者の死後の全般的な混乱のさなかにあって帝国は彼のことを忘れ、彼はありとあらゆる厄介事に直面せざるを得なくなるだろう。そういうわけで彼は誰がどう見ても最も賢明だが、その実は最も危険で、実際に事の結果がその危険性を証明することになった方策を採った。なるほどこれこそが完璧な破滅としか言いようがないような乗組員全滅を伴った難破の直接的な原因だった。しかしそれは後に来るべき話である。それはともかく、皇帝の回復への希望を捨てたヨハネスは他の兄弟たちには内緒で彼と会談した。その話し合いで彼がした提案は誠実というよりはうわべだけのものだった。それはこのようにして起こった。ある日、彼はミカエルが一人でいるのを見つけ、長ったらしい言い回しで自らの考えを糊塗しつつ、明らかに彼に無理矢理に質問をさせようと企んで以下のように話し始めた。曰く、「わたくしが単に兄弟であるだけでなく主君であり皇帝であるところの陛下に尽くし続けてきたこと、これを天はご存じでしょうし、全世界もまた知っているところであります。まさか陛下ご自身がそれを否定することはございますまい。しかしながら、わたくしは控えめに申しましても残りの家族の要望と共通の益についての彼らの意見と利害も幾ばくか気にかけておりまして、陛下もまたこのことを他の誰よりもご存じのはずです。さて、わたくしは陛下が在位しておられる期間については何ら案じることはありません。わたくしが保証を求めておりますことといえば、それから先のことでして、わたくしは帝冠が攻撃から解放され続けることを確実にしておきたく思っております。もしわたくしが人々の舌を抑えることができなければ、少なくともわたくしの施策は万人の注目を陛下へと、そして陛下お一人へと向けさせていたでしょう。もしわたくしの忠誠の確実な証をお受け取りになったならば、そしてわたくしが自らの責務に真摯に取り組んでいたことを陛下がご存じになっていれば、わたくしとしましては陛下がわたくしの以下の考えを脇に追いやることのないようにと請い願うものであります。もし陛下がそうなさるのならば、これは結構なことで、わたくしから申し上げることはございません。わたくしが陛下のお叱りを免れないことには、どこで我らの運命が終わりを迎えることになるのか、私は今申し上げるつもりはございません」




戻る