31巻→ディオドロス『歴史叢書』32巻(断片)→33巻

1 マシニッサと戦争で戦ったことでカルタゴ人はローマとの条約に違反したとみなされた。使節を送って彼らは、ローマ人はどうすべきだったのかを知っていたはずだと述べた〔第二次ポエニ戦争の敗戦と共に締結された条約でカルタゴは一切の戦争を禁じられた。今回の戦いはマシニッサのカルタゴ領への度重なる襲撃に対してやむを得ず自衛したというのがカルタゴ側の言い分。〕。受け取った答えがあまりにも曖昧だったためにカルタゴ人は混乱させられた。
2 他人への支配権を得ることを目的とする者はその獲得のために勇気と知恵を用い、広く拡大するために他人に対する穏健さと配慮を支配権を用い、攻撃からそれを守るために威嚇して動けなくさせる。これらの命題の証明は昔に生まれた帝国並びにそれらに続いたローマの支配の歴史への注意深い考慮によって見て取れよう。
3 カルタゴ人の使節が自分たちはマシニッサに対する戦争の責任者を罰したと述べると、元老院のある議員が「終戦時にではなく即座に争議の責任者が罰せられないのはいったいどういうわけだ?」と叫んだ。ここでカルタゴの使節は誠実な受け答えももっともらしい受け答えも出せずに黙り込んでしまった。そこで元老院はローマ人はすべきことをよく知っていたという文言を踏まえ、彼らにぎこちない遁辞を返した。
4 アミュンタスの息子フィリッポスはマケドニアがイリュリア人に隷属していた時に王位を継承し、武力と軍勢の指揮官としての抜け目なさによって彼らから王国をもぎ取ったが、敗者に示した穏健さによってヨーロッパの最大勢力にのし上がった。例えば、ある有名な戦いで彼のギリシアでの覇権に楯突いたアテナイ人を破った時、彼は敗軍の死者の葬儀をして埋葬されないままにすまいと大変な労苦を引き受け、二〇〇〇人以上の数の捕虜を身代金なしで解放して母国へと帰らせた。その結果、今や覇権を争って武器を取っていた者たちは彼の寛容さのおかげでギリシア諸国への彼の権威を喜んで認めた。他方、多くの戦いでその権勢を打ち立てた彼は、一度の親切な行動によって敵対者の自発的同意の下でヘラス全土の覇権を受け取ることになった。そして人口の多い都市であったオリュントスを平地にならした時、ついに彼は恐怖を用いて王国の永続性を確保した。似たようにして彼の息子アレクサンドロスはテバイを占領した後にこの都市を破壊することにより、反旗を翻すつもりだったアテナイ人とラケダイモン人に反乱を思いとどまらせた。ペルシア遠征でも戦争捕虜をこの上なく寛大に扱うことで彼は勇気と同様に寛容さの名声を得て、これはアジア人に彼の支配を熱望させるのに貢献した。
 より近くにローマ人が世界帝国を追い求めるようになると、武器での勇気によってそれを獲得し、次いで敗者への可能な限り最も親切な扱いによって影響力を遠くへ広く拡大させた。なるほど、これまで彼らは属国への残忍と復讐を控えてきたために属国からは敵とはみなされず、あたかも恩人や友人であるかのようだった。以前は敵だった被征服者が恐るべき報復が訪れるのではないかと予期した時にこの征服者は右に出る者がいないほどの寛容さを示した。彼らはある者を同胞市民として記帳し、ある者は異民族間結婚の権利を認め、他の者には独立を取り戻させてやり、どんな場合にも不当にむごい憤りを養うことがなかった。したがって彼らの驚くべき人道性のために諸王、諸都市、そしてあらゆる民族はローマの旗の下に集った。しかしひとたび人の住む世界の事実上全土を支配するようになると、彼らは恐怖政治と最も見事な諸都市の破壊でその勢力を支えるようになった。彼らはコリントスを徹底的に破壊し、例えばペルセウスのようにマケドニア人を根絶やしにし、カルタゴとケルティベリアのヌマンティア市を灰燼に帰し、彼らが恐怖によって脅かした人はおびただしかった。
5 ローマ人は正当な戦争のみに乗り出しており、〔戦争の〕原因を作ったりそういった問題についての決定をしようとはしなかった。
6 ローマ人がカルタゴ人に対する遠征軍を出撃させ、リリュバイオンにはすでに艦隊がいるという知らせがカルタゴに届くと、カルタゴ人は全ての敵対行為を控えてローマに代表団を送り、ローマ人に自分たちとその国の処理を委ねることにした。彼らの降伏を受け入れた元老院は、カルタゴ人が忠告を素直に聞く限りにおいて元老院は彼ら固有の法、領土、聖域、墓所、自由、そして財産――しかしカルタゴ市への言及はどこにもなく、その破壊の意図は隠されていた――の所有を認めるという回答を寄越した。カルタゴ人にこれらの慈悲が与えられると、彼らは三〇〇人の人質、元老院の息子たちを差し出して両執政官の命令に従った。カルタゴ人はこれで戦争を免れられると思い、さして嘆きもせずに人質を送った。ローマ軍がウティカに到着した。カルタゴは、ローマ人が彼らに散々要求をしてきたことを知らせるために再度使節を送った。両執政官がごまかさずに武器と投擲兵器を引き渡せと述べると、ハスドルバルと戦争中だった彼らは当初は落胆した。にもかかわらずローマ人は二〇万個のありとあらゆる武器と二〇〇〇本のカタパルト〔の矢〕を受け取った。そこでローマ人は再びカルタゴ人に手紙を送り、〔その中で〕長老たちの代表団を任命して〔寄越せば〕最後の指示を知らせるつもりだとした。カルタゴ人は三〇人の最高位の人たちを派遣した。両執政官のうち年長の方のマニリウスは、カルタゴ人が今住んでいる都市を放棄して海から八〇スタディオンの距離にもう一つ都市を建設すべしと元老院は宣言したと述べた。事ここに至りて使節団は泣き落としで慈悲心に訴え、全員が地面にひれ伏して涙ながらに悲嘆の泣き声を上げた。そして感情の大きな揺れで集会を押し流した。もがいた後にカルタゴ人が仰天から立ち直ると、ブランノなる一人の男だけが時宜に適った言葉を発し、やけくその勇気をもって実に率直な物言いをし、彼の言うことを聞いた全員に慈悲の念を呼び起こした。
 断固としてカルタゴを滅ぼすと決めていたローマ人は使節たちにすぐさまカルタゴに戻って宣言されたことを市民に報告するよう命じた。使節団の一部の者は帰国は絶望的だと考えたために全力を尽くして私的な逃げ場を探したが、他の者は帰国を決めて来た道を戻り、死を逃れられぬ任務を完遂した。人々が彼らに会おうと集まってくると、彼らは人々に言葉をかけずに自らの頭を打ち、両手を掲げて神々に助けを求め、アゴラへと向かい、ローマ人が下した命令を長老会に報告した。




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